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高浜市指定無形民俗文化財 おまんと祭り
法被(はっぴ)に地下足袋姿の若者が、円形に組んだ馬場で、鈴や造花を背負って疾走する馬に飛びつき、人馬一体となって駆け回る勇壮なおまつり。春日神社・八剱社で開催されるものが特に盛大。(例年10月第一日曜日とその前日の土曜日に開催)
「おまんと祭り」ってどんなお祭り・・・
高浜地区の祭礼の歴史的展開については、享和3年(1803)の記録がもっとも古く、その頃は雨乞いの祭礼が特に日を定めずに行なわれ、獅子が奉納されていたことが知られている。また、天保5年(1834)から明治5年(1872)までの高浜地区の祭事記録である「御祭事略記」には、雨乞い祈願・御礼や上棟式・遷宮のときに馬と獅子を奉納していたことが記されている。19世紀の高浜地区の祭礼には雨乞いに深く関わっていることがわかる。祭礼が雨乞いである要素は、祭りの行事の中に見ることが出来る。祭礼の第1日目のデの前に行なわれる竜宮祭である。この神事は、竜宮(海の神、水の神)に豊漁と雨乞いを祈願した神事と理解されている。また、祭りの神馬は黒馬とされてきたことがその証と伺える。一般には白馬は晴天で黒馬は雨乞い祈願に献馬されることが多い。よってオマント祭りは雨乞い祈願に深い関わりがあることを、竜宮祭、そして神馬は示唆している。
「おまんと祭り」は “いつ” “どこで”
祭りは10月第1日曜日と、その前日の土曜日の2日間に渡って、春日神社境内(大山緑地)で開催されています。オマントの駆け馬は境内に設置された円形馬場場内で日中休み無く行なわれる。馬場は直径36メートルほどで、丸太を組んだ柵(埒い)で作られている。高浜地区は大きく「上(カミ)」と「下(シモ)」に分けられ、上の氏神が春日神社、下の氏神が八剱社となっている。オマントはこの両社の秋に奉納されている。かつては10月3日・4日に行なわれていた。3日が八剱社、4日が春日神社の祭礼日であったが、昭和51年から現行の日時となった。春日神社と八剱社は同一の境内に隣接しているが、八剱社はかつて高浜市南端に位置していた。現在の田戸町にある洲崎公園が旧所在地である。県道建設に伴い、昭和49年に現在地に移転した。それまでは10月3日には、洲崎公園(かつての八剱社境内)では馬場が作られ、オマントが行なわれていた。
祭礼の2日間、上・下の氏子は一緒になってオマントを奉納している。八剱社移転前は上・下の氏子は馬とともに夜明け前に春日神社に集合して夜明けと共に八剱社に向かい、翌日は八剱社に集合して馬とともに春日神社に向かった。現在は2日間とも夜明け前に洲崎公園に集合した上で、夜明けと共に春日神社に行列を組んで宮入している。
「おまんと祭り」写真コンテストはこちら >
名称
高浜市指定無形民俗文化財 おまんと祭り
住所
春日神社境内(大山緑地)
愛知県高浜市春日町2
*店舗、施設などの休日・営業日等は変更している場合もありますので直接ご確認ください。
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高浜地区の祭礼の歴史的展開については、享和3年(1803)の記録がもっとも古く、その頃は雨乞いの祭礼が特に日を定めずに行なわれ、獅子が奉納されていたことが知られている。また、天保5年(1834)から明治5年(1872)までの高浜地区の祭事記録である「御祭事略記」には、雨乞い祈願・御礼や上棟式・遷宮のときに馬と獅子を奉納していたことが記されている。19世紀の高浜地区の祭礼には雨乞いに深く関わっていることがわかる。祭礼が雨乞いである要素は、祭りの行事の中に見ることが出来る。祭礼の第1日目のデの前に行なわれる竜宮祭である。この神事は、竜宮(海の神、水の神)に豊漁と雨乞いを祈願した神事と理解されている。また、祭りの神馬は黒馬とされてきたことがその証と伺える。一般には白馬は晴天で黒馬は雨乞い祈願に献馬されることが多い。よってオマント祭りは雨乞い祈願に深い関わりがあることを、竜宮祭、そして神馬は示唆している。
「おまんと祭り」は “いつ” “どこで”
祭りは10月第1日曜日と、その前日の土曜日の2日間に渡って、春日神社境内(大山緑地)で開催されています。オマントの駆け馬は境内に設置された円形馬場場内で日中休み無く行なわれる。馬場は直径36メートルほどで、丸太を組んだ柵(埒い)で作られている。高浜地区は大きく「上(カミ)」と「下(シモ)」に分けられ、上の氏神が春日神社、下の氏神が八剱社となっている。オマントはこの両社の秋に奉納されている。かつては10月3日・4日に行なわれていた。3日が八剱社、4日が春日神社の祭礼日であったが、昭和51年から現行の日時となった。春日神社と八剱社は同一の境内に隣接しているが、八剱社はかつて高浜市南端に位置していた。現在の田戸町にある洲崎公園が旧所在地である。県道建設に伴い、昭和49年に現在地に移転した。それまでは10月3日には、洲崎公園(かつての八剱社境内)では馬場が作られ、オマントが行なわれていた。
祭礼の2日間、上・下の氏子は一緒になってオマントを奉納している。八剱社移転前は上・下の氏子は馬とともに夜明け前に春日神社に集合して夜明けと共に八剱社に向かい、翌日は八剱社に集合して馬とともに春日神社に向かった。現在は2日間とも夜明け前に洲崎公園に集合した上で、夜明けと共に春日神社に行列を組んで宮入している。
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